ありがとう

政策も疑惑も、成果も未達成もいったん全部置いといて。
安倍総理は、国民に、「ありがとう」と言った。
おれも言うよ。
「安倍さん、ありがとう。」

 

 

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まだ生きてます(笑)。

この病気に関しては10年、何とか再発無しで過ごせたが、当初は観察期間10年で完治ということだったはずなのに今では期間無しで要観察とのこと。

年に一度のMRIは面倒くさいとはいえ、両親とも脳梗塞家系の自分としては、脳ドックに保険で通えてる、的なメリットもあるし、それとは別に、まだまだ5年生存率の良くないこの病気、私の永らえる命は治療技術が上がった成果そのもの、とも言えるので、情報提供の意味もかねてのんびりやっていこうと思う。

 

とはいっても、体調自体は全然よくなってないんだけど(苦笑)。

 

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おれたちががんばろう!

ずいぶん日が開いてしまったが、久しぶりのブログ更新になる。

東日本大震災で、東北太平洋側の壊滅的な被害が報道されている。
また、関東でも、私たちが大阪で阪神大震災を経験したのと同レベル以上の地震と余震があったようだ。
私の住む大阪では、ちょうど車に乗っていたので揺れには気づかなかったが、FMラジオのDJが、今揺れています、と放送していて、その後の緊急ニュースで大地震を知った。
今のところこちらは被害等影響は全くない状態である。
まずは、被災の皆さんにお見舞いを申し上げます。

地震、余震、津波が一段落しそうな今、一番怖いのは、南海、東南海地震が誘発されないか、ということである。
この地震自体も、先日のニュージーランド地震に関連しているとの見方もあるようだし、過去には、三陸沖、南海、東南海の巨大地震が同時に起きたこともあるそうで、我々西日本の人間は、今回のことを辛い教訓として、更なる地震に備えたい。

未曾有の大災害に、我々の近くでも、自分たちにも何かできないか、と悩む人も多いようだが、現在、救助のフェイズにおいては、我々素人ができることは何一つとしてない。
そもそも交通手段がないので、人的援助も物資支援も不可能なのだが、もしできたとしても、下手に現地入りしようものなら、足手まといどころか、トイレや水、食料の面で、迷惑をかけるだけである。
また、物資も、必要なものと送れるものとにずれが出て、全く使えないことも多いようだ。
今は、専門家、プロに任せて、見守るしかない。
日本も、警察、消防はもちろん、自衛隊も大量投入されている上に、海外からも救援隊や軍隊が続々と到着している。
どこへ派遣するのか、言葉は、など、問題も多いが、とにかく速やかに動けるようにするのが重要である。
その割り振りを能力のある人間に期待したい。
各国の迅速で暖かい支援に感謝します。

救急的な救助のフェイズが落ち着き、ある程度の通信はじめ物資等がが確保されたら、次は、避難者の行き場所が問題になる。
我々西日本でも、避難者を受け入れるような努力が必要となってくるだろう。
避難生活の後、もとの街に帰る、といっても、丸々街全体がなくなっているところも多数あり、次の津波の危険も含めて数年内での復興が期待しにくい状況もあるので、住居だけでなく職業面も含めた恒久的な移住を視野に入れての支援が必要となるだろう。

その後、復興のフェイズとなると、素人にも活躍の場が出てくるだろう。
交通とライフライン等のインフラが確保されたら、瓦礫の除去から復興、街自体の建設など、人手がいくらでも欲しい状況になる。
ボランティアでも、職業でも、復興支援が最も力が必要になるであろう。
また、直接行けない、働けない人は、義援金など、金銭的な支援がベストだろう。
物資支援は、先ほど述べたように、届かない間は届かないし、届くようになったら、まず自分の荷物が届くより前に、必要物資は一旦行き渡っているとみていい。
となると、欲しいのは、とりあえず食べられるもの、飲むもの、着るもの、毛布、などではなく、着るものなら中古ではなく新品の着替え、食べるものなら目先の変わる嗜好品、などに変わって行く。
阪神大震災のときでも、生ものが届いて腐らせたり、今さら他人の着古しは着られないでゴミになるといった、ありがた迷惑とも言うべき状況が多発したそうだ。
物資支援よりも、何にでも変わるお金の方がおそらく役に立つ可能性は高いと思われる。
どうしても現物で、という場合は、命をつなぐレベルではなく、「気持ちを和らげる」という観点で考えれば答えが見えてくるのではないかと思う。
この時期になれば、音楽演奏などのボランティアも、喜ばれることになるだろう。

どうしても納得がいかなくて、語りたいのが原子力発電所の問題であるが、この件はまた余力があれば別の項として語りたい。
とりあえず現時点ではまだ収束に向かっていないようで不安は大きいが、関係する皆さんは、避難等の事態になっても、パニックを起こさないで、冷静に対処して欲しい。
史上最悪のチェルノブイリ事故において、あれほどの爆発があって放射性物質を撒き散らした後でも、避難指示が出てから避難した全員が、放射能の影響は全くなく安全健康に暮らしておられるとのことだ。
また、現時点においても、被曝も爆発も恐れず、身を挺して収束に全力を注いでいる現場スタッフはじめ職員、関係者の方々がおられる。その不断の努力を忘れないでほしい。

さて、今日3月14日から、東京電力管内にて、ついに輪番停電が決まった。
ただ住居の停電だけでなく、マンションではポンプが止まり断水でトイレも使えず、局が停止するのでインターネットも携帯電話も使えない、電車も動かない、信号も止まるので車も使えない、と、電力会社の想定以上の影響が出そうだ。
さらに、私たちが一番危惧するのは、爬虫類などのペットの維持ができなくなることだ。
3時間も電気が止まれば、熱帯魚はまず生存の可能性が低くなるし、爬虫類でもダメージはかなり大きいだろう。
電気のシートヒーター等だけでなく、石油、ガスのファンヒーターも使えなくなるので、明日の朝から、電気を使わない石油ストーブや、魚用の酸素を出す石や電池式エアポンプなどの店頭での争奪戦になる様子が目に浮かぶ、これも惨事だ。
こんなことが4月いっぱい続くということで、果たして保たせられるのかどうか心配だ。
私がこっちから直接送りつけるほどの知り合いはいないのだが、もし、そういった器材の不足があるようなら、こちらで購入して送るので、どなたでも遠慮なく連絡して欲しい。

また、鉄道が半分程度など極端に本数が減るし、信号や標識、ETCも使えなくなるので、通学はもちろん通勤自体が出来なくなる、工場等も稼動できなくなる、など、日本の産業、経済に、深刻どころではない影響が出そうだ。
太平洋側の発電所は原発はもちろん火力も全部止まっているだろうし、福島の原発は、廃棄覚悟で必死の冷却を行なっているようなので近々の復旧も期待できない状況である以上、致し方ない。
このような状況の中、我々西日本の人間にできることは、日本全体の生産力、経済力を少しでも支えられるよう、日々の仕事にさらに注力する、それに尽きるであろう。
被災の方々、関東の停電で働けない方々、そんな人たちのために、おれたちが、2倍、3倍働いて、日本を支える、それしかない。

西日本の皆さん、こういうときだから、おれたちが、がんばろう!

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ぶりくら市2010開催!

もう明日になってしまいましたが、
今年も恒例の「ぶりくら市2010」を開催します。
ぶりくら市は、爬虫類、両生類を主体とした
日本国内で繁殖された個体の展示即売会です。
輸入された動物には、密輸などの疑惑や、
そうでなくての長距離輸送などに伴うストレスなどの問題がつき物ですが、
日本国内で生まれた仔を、原則として繁殖させたブリーダー本人が直接売る、
その健康な姿、そして飼育のポイントをその場で教えてもらえる、
そんな場を提供したくて生まれたぶりくら市です。
今年でついに10周年を迎えることが出来ました。
これも、死にそうになりながらも継続してきた粘り強いスタッフのおかげ、
ももちろんありますが(笑)、
来場してくれた皆さん、出品してくれた皆さん、
応援してくれた皆さんのおかげ、感謝します。
今年は節目の年、過去最大のブース数となりますますパワーアップして
出品者の皆さん、そしてスタッフ一同、皆さんをお待ちしています。
みんなで盛り上がっていきましょう!

そして、今年は、2回目を迎える東京でのぶりくら、「とんぶり市2010 」もひかえています。
こちらもお楽しみに!

2010年10月3日(日)      ぶりくら市2010      神戸サンボーホール1F
時間:11:00~16:00
入場料:500円(中学生以下無料)

2010年10月31日(日)     とんぶり市2010     東京都立産業貿易センター台東館6F
時間:11:00~16:00
入場料:500円(中学生以下無料)

(神戸は例年と同じ場所ですが、東京は同じ名前ですが浅草、別の会場になります。ご注意願います。)

詳細は、ぶりくらウェブサイトまで!
http://burikura.com/

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また仙谷かっ!

もしかして、私は、1年半前に手術してから、未だに意識が戻っていなくて、悪い夢をぐるぐると見続けているのだろうか。
そうとしか思えない、ありえないことが、また起きた。
例の、尖閣問題である。
中国の漁船(に見える船)が、日本の領海である尖閣諸島近海に入ってきていたので海上保安庁の巡視船が注意したところ、漁船を巡視船にぶつけてきたため、逮捕したという件だ。
中国が事実上の対抗措置として、市民運動やデモ、レアアース(希土類、強力な磁石や電池に使われる稀少な鉱物資源)の事実上の禁輸、そして、中国内での日本人の逮捕、拘束に至った、ここに来て、検察は漁船の船長を不起訴、処分保留で釈放してしまったのである。
何て馬鹿なことを、と驚愕したのだが、その理由が、「国民への影響や今後の日中関係も考慮すると」ということで、逆に、いち検察の立場で、国民や国家間の関係を口にしたことに大変な違和感を感じた。
しかし、いろいろ調べてみると、何となく真実が見えてきたような気がする。
どうもこれは、またもあの仙谷官房長官が、独善的に進めたのではないか、という噂があるのだ。

仙谷氏は、弁護士出身なので、司法や検察の判断に政府が関与することを極端に嫌い、司法と行政の「三権分立」を主張しているそうだ。
それで今回も、建前ではあくまでも検察の判断、という形を貫いた、貫かせたようだ。
しかし、今回の問題は、船をぶつけた、公務執行妨害、など瑣末な部分はともかく、領海侵犯、すなわち国権の侵害、蹂躙であり、国家として対処すべき事柄であるのは明白だ。
なのに、首相も外務大臣も国連で留守の間に、検察が“勝手に”話を進めてしまった。
これだけでもかなり異常だと思うのだが、中国や韓国に関して、多くの国民感情とは全く違った独自の感覚を持つ仙谷氏が、有形無形の後押しをしたであろうというのは、容易に想像が付く。
そう考えれば、検察の記者会見での、一見異様な理由も、分立すべき国家から圧力がかかった断腸の思いを滲ませたものであることに納得できるのだ。

この折、同盟国アメリカからは、尖閣諸島は日米安保の適用範囲だとする言質を取った。
これで、まともにぶつかれば中国とアメリカの戦争になるぞ、と中国に脅しをかけられた、今回はここまでで充分だろう、と、仙谷氏は判断したのだろう。
しかし、そんなわけはない。
これで、船長を釈放したからと言って、じゃあ今逮捕している日本人を解放しましょう、なんてことを言う国ではないことは、私だってわかる。
もし、私が中国でも、「この件は関係ありませ~ん、粛々と捜査して、中国国内法に基づく適正な措置をとりますよ~」って言うに決まっている、言うしかないではないか。
他の中国からの対抗措置に関しても同じ、対抗措置だと明言していない以上、これで止める筋合いはないのだ。いつまで続くのかもわからない。
全く、何を考えて外交に臨んでいるのか、全くわからない。

また、尖閣が日米安保適用だという話に、仙谷氏はもちろん多くの日本人は安心したかもしれないが、これはまた別の、重要な意味のある発言だ。
アメリカが尖閣を守る、ということは、沖縄の米軍基地がさらに重要になる、ということなのだ。
今問題になっている普天間基地移転問題も、これで吹き飛ぶ可能性が出てくる。
そもそも、この時期中国がこんな領土問題を仕掛けてきたのは、日本は民主党政権になってから、沖縄の基地問題でアメリカとギクシャクしているようなので、ちょっと突っついてみて、同盟関係がどうなってるのか確かめてみよう、ということが重要な目的であることは、誰の目にも明らかだ。
つまり今回は、守るにせよ守らないにせよ、アメリカの公式発言を引き出せれば、中国としての目的は達せられたことになるのだ。
反対に、日本は、このままだと沖縄付近に更なる軍備強化、基地負担を、という話にも繋がり兼ねない、デメリットはあってもなんのメリットもない状態に陥りつつある。

さらに、中国は、日本の尖閣だけを狙っているわけではない。
あのベトナムとも国境問題で戦争をしているし、南シナ海、海南島のずっと南の南沙諸島などでも、フィリピンなどと領有権を争っている。
今回の日本の“敗北”は、そうした他国にとっても、非常な大きな打撃となるだろう。

さらに驚くべきことに、あの謹慎中のハトがこの件に首を突っ込んで、「私ならもっと」と一丁前に憤っているらしい。
自らの失策が招いたことだ、ということに未だに気づいていないのが何とも滑稽な御仁である。

実際に船をぶつけられ、恐怖と戦いながら命を張って国権を守った海上保安庁の職員諸氏、
近海で漁を営み、これからも領海侵犯に脅かされ続けることとなった日本の漁師の人々、
そして、普天間問題に悩む人々、
特にそんな立場の人々や国民に、政府は、民主党は、申し訳ないと思わないのだろうか。

弱腰とか、敗北とかいうレベルの話ではない。
今回の件では、日本人として、失望の二文字しか浮かんで来ない。
強き日本人よ、いつまでこんな奴らに政権を任せておくのか。

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イチローは出塁、一郎は出馬

全く、暗澹たる気持ちになる。
こんな連中を担いでしまった日本は、これから存続できるのか。

民主党代表選に、小沢氏が出馬することを決めた。
挙党一致を掲げて選挙を回避しようと動いた各方面の努力も空しく、氏は総理大臣を目指して動き始めてしまった。

鳩山ー小沢体制が引責辞任して数ヶ月、菅政権は相も変わらずの無策ぶりを発揮し続けている。
国はこんな危機的状況なのに、下らない選挙戦、多数派工作に汲々としている。
経済対策として、先日金利を下げるなど見せ掛けだけの手を打ったふりをしたが、この超低金利時代に下げられる金利があるわけもなく、株価は下がり続けている。
今、何をしなければならないのか、というと、政府による数十兆円規模の為替介入という声が大きい。
これも、ドル、ユーロが円高容認の姿勢をとっている以上、日本単独での実施には効果を懸念する声もあるのだが、何かしないとどうにもならないところまできているのだ。
しかし、現政権の頭の中は、どうやら代表選と、既に発酵したマニフェストの財源問題でいっぱいで、そんな大金を使うなんてとんでもない、という考えしかないらしい。
ならば、世界中を飛び回って、各国と折衝を重ねるぐらいやる必要があるのに、決起集会で笑顔を振りまく程度のレベルでしかない連中だ。

現政権ももう終わっているのは誰の目にも、おそらくは良識ある民主党の人々にしても明らかだが、小沢氏は、本当にそこを直したくて出馬するのだろうか。
菅氏は、現政権を構築するに当たって、“小沢封じ”を行なった。
小沢氏と対立する仙谷氏、枝野氏らを主要ポストに起用し、小沢氏の息のかかった人を政権から締め出した。
しかし、こんなことで小沢氏が怒っているとは思わない。
以前にも指摘したが、菅氏は先の参院選で、一見不用意な消費税発言を流布することで、
この選挙における鳩山ー小沢体制に対する批判の意味合いを見事煙に巻いてしまった。
自分の発言のせいでした、すいません、と謝るだけで、民主党批判、小沢批判を隠してしまったのだ。
その証拠に、あれだけの惨敗にも関わらず、結局誰も責任を取らずに済んでいる。
鳩山政権に対する評価をまともに食らえば、あの程度の負けで済まなかった可能性もあり、党内でも、見せ掛けだけの批判は一応するものの、これでよかったとみんな思っているのだろう。
この恩恵を最も大きく受けた一人である小沢氏も、そこは充分にわかっているに違いない。
あの時点では、しばらく謹慎して、捲土重来を期すつもりだったのだろう。
その氏をして、あいつらには任せて置けない、と考えるに至らしめたのは、何だったのだろうか。
私は、仙谷氏主導によるあの韓国謝罪問題だったのではないかと見ている。

旧社会党出身の仙谷氏は、民主党の中では当然極左に位置する人物で、それで保守の王道を行く小沢氏とも折り合いが悪い。
氏は、積年の夢だったらしい韓国への謝罪を、官房長官となったこのときを機と見て、首相の菅氏に談話を発表させて、謝罪を達成するに至った。
個人的には、戦争のことを、なんで何十年もたったあとでも謝罪し続けなければならないのか、この件の記事はかなり詳しく集めたのだが、全くわからない。
戦争なんて、もともとめちゃくちゃなことなんだから、とにかく終わればそれで終わり、であろう。
謝罪は、勝ち負けの問題でもないし、終わればどっちかが頭を下げることでもない。
双方からの握手が終結の形であろう。
ましてや、韓国とは、1960年代に既に条約上も解決している問題なのだ。
ここを今また蒸し返して、首相談話として歴史に残した(?)。
仙谷氏は悦に入っているようだが、日本国民のほとんどには、何のことかわからない話であろう。
韓国でも、謝るならまあいいだろう、という以上の反応があったとは報道されていない。
仙谷氏以外の誰に何の意味があったか全くわからない事件だった。
ただ、ここで注目すべきなのは、もともと自民党系ではないので保守ではないにしろ、そんなに左派でもなかったはずの菅氏が、仙谷氏のそんな無茶振りに乗ってしまったことだ。
菅氏が、いかに自分の意見がないか、いかに人に左右されやすいか、が露呈する結果となり、現政権は仙谷氏による傀儡政権であると印象付けることとなった。
私も、仙谷氏に期待していた一人として、大いに失望し、自分の不明を恥じたものである。

小沢氏も、この件が我慢ならなかったのではないだろうか。
自らも大議員団を率いて中国を訪問したほどだから、田中角栄譲りの親アジアの方向性はある氏だが、一国の首相が仙谷氏ごときに操られているのを見て、自らが起つ決意をしたのではないかと推測する。
自分も首相を操った経験は多数あるだろうが、それはひとまず棚に上げているのだろう。
そして、小沢氏出馬の意向を受けて、各方面が動き出した。
小沢氏が出れば、勝っても負けても党は分裂しかねない。
今こそ挙党一致を目指す連中は、何とか選挙戦を回避しようと動いた。
そこで蠢き出したのが、誰あろう、あの鳩山氏だ。
自らの友愛精神から、菅氏と小沢氏の仲を取り持とう、というか、国民に忘れられないよう存在感を示そうとした。
しかも、その過程で、恐るべきウルトラCが飛び出した。
トロイカ体制という、名前はあたりがいいが、その実態は、鳩山氏自身が入閣するという、まさに我が目を疑うことだった。
鳩山氏は、なぜ今自分が今の立場にいるのか、全くわかっていないのだろうか。
本来なら今も首相の座にあり、代表選など無投票で難なく乗り切れるはずだったのが、自らのせいで自ら身を引いた、謹慎中の立場であるはずなのに。
鳩山氏は、同じく身を引いた小沢氏が今表舞台に立つなら、自分も大丈夫、などと勘違いしたのだろうか。
首相と幹事長としてやってきた二人が同時に引責辞任したわけだが、取った責任は、実は全く違う。

小沢氏は、政治と金の問題によって辞任に追い込まれた。
ちなみに、現在も刑事訴追の対象から外れていない身で総理大臣など言語道断、という意見も強いようだが、それはマスコミの誘導に乗ってしまっているだけだ。
氏の本当の責任は、自分が捕まるかどうか、にあるわけではない。
自らの政治活動に関わることで、自らの秘書が、既に逮捕されている。
これは、盟友鳩山氏がかつていみじくも言ったように、「秘書の責任は議員の責任」、政治家小沢一郎、というグループの活動が法に触れた、ということなので、捕まるかどうかはともかく、責任は一番重い、取らなければならないという話なのだ。
この責任の取り方は、議員活動の結果であるから、幹事長などの党役職辞任ではなく、議員辞職して、必要なら“禊ぎ”選挙で返り咲く、という手順を取らなければならないのは言うまでもない。
なのに、保身、あるいは無駄に選挙費用を発生させたくない、等で議員辞職しないということであれば、次の議員選挙まではおとなしくしておく、というのは絶対に必要なことだ。
これをやらない小沢氏も小沢氏だが、もっと罪が重いのはもちろん鳩山氏だ。

鳩山氏は、おそらく、自分が母親から金をもらったことに未だに国民が怒っていて、その責任を取って辞めた、という程度に思っているに違いない。
しかし、氏に被さった責任は、そんなことではない。
首相として、日本を破壊した責任なのだ。
友愛と称して普天間問題を何度もひっくり返して深刻な対立を残し、経済無策で国民を苦しめ続け、国民の期待を背負ったマニフェストをまともに実現できず、裏切り続けた、その責任だ。
本来ならば、議員辞職どころか、国民の前に顔を出すことも出来ないような国賊なのだ。
それが、しゃあしゃあとしゃしゃり出てきて、あろうことか入閣までしようとした。
脳みそが鳥類並みなのか、厚顔無恥という言葉すら知らないのか。

代表選を回避して、党分裂を回避しようという姿勢はわからないでもない。
しかし、その目的は、党内力学ではなく、政治空白を作らないためである、というのが国民の願いだ。
その願いが敗れた今、我々国民は、いったい何を期待すればいいのか。
どっちが勝っても、明るい未来は見えない。
我々にとって最良のシナリオは、この選挙によって民主党が分裂、壊滅して、政界再編が起き、多くは期待しない、もうちょっとだけましなリーダーに代わること、だけであろう。
浜田省吾が30年前に歌った詩が、最近頭の中に空しくこだまする。
「いつかはこの国目を覚ますと」……。

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“驚異的な回復力”

最近耳にした言葉である。
もちろんこれは、私のブログを読んで頂いている方なら知らない方はおられないであろう、あの桑田佳祐氏のことだ。
氏は食道がんであることとその治療のための活動停止を公表したが、その次の報告がもう、手術を無事終えて、“医者も舌を巻くほどの”、“驚異的な回復力”を見せている、という情報だった。

まったく、うらやましい話である。
内臓系の手術は身体に負担が少ない、少なくする技術が発達した、というのもあるのかもしれないが、私の手術のときと比べると、天と地である。
私も、脳とはいえそんなにダメージは大きくない、早い人は次の日には一般病棟へ移れて、一週間もすれば歩き回れるようになる人もいる、入院は長くても3週間程度だ、と言われていたのに、実際には、4日ほどナースステーション横の回復室から出られず、いつまでたっても歩行器なしでは歩けない、退院も出来ず、術後4週間経ってもよくならないので医者も打つ手がなく、止む無く追い出された、という次第であった。
もちろんその間はすごいめまいやふらつき、不快感、そして頭痛で、思い出したくもないほど辛い経験だった。
“驚異的な非回復”だったわけだ。

氏の記事を見て、そんなことを思い出してしまった。
私自身も、最近テレビCMでもよく見かける逆流性食道炎持ちなので、いつ食道がんになるかわからないのではあるが、現代の最新医療では、内臓系の病気の手術はずいぶん進歩したなあ、と感慨にふけってしまった。

ただ、この報道で気になったことが2点。
ひとつは、冒頭にも挙げたが、もはや笑いも出ないほどの使い古された紋切り型表現。
こんな、カビが生えるどころか骨まで腐ってぼろぼろの表現を未だに堂々と言い切ってしまえるその無神経さには、“さすがの私も驚きを隠し切れない”。

もうひとつ、健康問題なので確かに微妙なところではあるのだが、マスコミ報道では、各社とも、妙に、「声は大丈夫か」という点を気にし過ぎていた。
確かに歌手なのだから、声は大事なんだろうが、そこばかりクローズアップされても、違和感が残る。
死んでしまえば、声も何もない、全て終わりだし、死ななければ、たとえ瞼のウインクでリズムを取るだけでも、それは表現である。
表現者たるもの、その道に入る時点で、それぐらいの覚悟はしていることだろう。
気の遠くなるような長い時間の修行を積めば積むほど、それで得たものを失う怖さも増幅して行くものだが、大事なことは、初心者だろうと熟練者だろうと、下手だろうと天才だろうと、たとえ機能を失おうと、そのときできる方法で表現を続けることだ。

またこれは、昔よく取りざたされた、「海外で重大事故が発生しましたが、日本人は無事でした」と同じ問題でもある。
このことを歌にした某プロのバンドもあったが、彼らは違和感は感じたものの、それがなぜかまではわからなかったようだ。
確かに、我々が何の気なしにニュースでこういう報道を見ると、鋭い人なら違和感を感じると思うが、実際にそこへ身内が行っている家族なら、日本人の安否は最も先に知りたい情報なのだ。
私も、以前阪神大震災のときに、親戚や友人の安否確認のために、家、のあった場所や、
いくつもの避難所を回ったり、あのスマトラ大地震大津波のときに身内があの方面へ旅行に行っていて、とにかく即携帯に電話をかけたらたまたま繋がって無事を確認できたのでよかったものの、そうでなければ不安の中でニュースを見守ることになっただろう、といった経験をしている。

というように、当事者に近い人には重要な情報だが、そうでない人にはなぜ違和感があるのか、というと、「事故を悼む方が先じゃないのか?」という思いがあるからだ。
日本人、外国人に関わらず、人が死ぬような事故や災害なら、分け隔てなく悼む、あるいは安否を気遣うべきだ、という考えであろう。
しかしここは、他人なら分け隔てないけれど、身内ならやっぱり特別、というのも、心情としてわかることではないだろうか。
かくして、昔のように“嬉々として”と見えることはさすがにないが、粛々と、日本人の安否情報は報道され続けている。

で、病気と歌手と声、の問題も、かなり近いものがあると感じた。
近しい人にとっては、やっぱり命が大事、つまり全犠牲者を悼む気持ちと同じであり、一般人、歌手として知る人々にとっては、声が大事、つまり全体の中の日本人だけ、ということだ。
身内かどうかで逆になるが、命が一番だろう、いややっぱり才能も大事だ、というある種のせめぎ合いが私たちの心の中に起きている、ということなのだろう。
個人的な知人ではない一ファンとしては、どちらの立場も間違っているわけではないのだろうが、声というのは、自分が聴きたい、というこちら側のエゴのニュアンスも多分に含んでいるので、私としてはやはり、一人の人間として、大事無きことを願いたい。
だいたい、芸術家、画家や小説家、録音保存技術が発達した現代のミュージシャンなどは、ファンにとっては、存在してくれただけでありがたいのだ。
もしいつか命尽きても、気に入った作品はずっと残るのだから。

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大阪都構想

私の住む大阪府ローカルの話ではあるが、以前書いた府庁移転問題の記事が大変好評だったようで、検索で来訪してくれる方が多い人気記事となっている。もちろん、あくまで私のブログの中でのレベルだが。
それに続いて、またローカルな話を書いてみたい。

全国的に有名な橋下知事がまたも提唱する、大阪都構想というものがある。
現在、大阪市は政令指定都市で、24区を擁しているのだが、これら既存の区に周辺のいくつかの市を巻き込んで、「大阪府大阪市○○区」ではなく、「大阪府○○区」という、東京都の23区と同じ形式に改造しよう、というものだ。
現在大阪では、水道や体育館など府と市に同じ仕組みがあることが多く、二重行政だとの批判が強い。
そういう無駄を一本化するため、今まで橋下知事はいろいろ尽力してきたのだが、結局、府がどう頑張っても、市のものはどうにも出来ない、という問題に直面することとなった、当たり前だが。
そんな状態で苦戦する中、知事が編み出したウルトラC的発想が、大阪都構想、早い話が、大阪市の解体、全て府知事の指揮下に入れる、という考えである。
既に大阪市議補選が2度行なわれ、どちらもこの知事の考え方に賛同する地域政党ないしは会派の「大阪維新の会」からの候補が勝利していて、市民もこの構想を支持している、という形になっている。

だが、ほんとうにこれでいいのだろうか。
市民の街頭インタビューでも、この構想が何を意味するのか、市民に何のメリットがあるのかわからないと言っている人が多い。
それも当然だろう。
本来、この構想は、市民に直接のメリットがあることではないのだ。
あくまで、行政のやり方の問題であり、逆にこれが直接市民に関係するようでもおかしい。
だから本来、市民が支持するとかしないとか、そういうタイプの問題ではないはずなのだ。
現在のところ、市民は単に、たいした意味の判断もせず、知事の勢いに押されているだけに見える。

問題は、この改革は、中央集権を強めるものだ、ということだ。
知事に権力を集中することによって、改革を強力に推し進めようというものなので、ひとつ間違えば独裁にも繋がり兼ねない危険な構想でもあると思う。
橋下氏自身は、その気になれば今から国家の総理大臣でも狙える年齢だし、おそらくは大阪府程度の独裁ごときには興味がないだろう。
そういう意味では、危険性は少ないのだが、橋下氏の後任となると、どうなるかわからない。
今作ろうとしている制度を悪用してものすごい独裁を布き、好き勝手な政治を行なう輩が現れるかもしれない。
しかし、もっと怖いのは、今まさに国家で行なわれている無策だろう。
某国某与党の某前幹事長は、党代表すなわち総理大臣を差し置いて、与党とは言え、たかが党幹事長程度の分際でありながら、政調(政策調査会)の廃止、陳情の幹事長室一本化などの中央集権化を進める改革を行ない、事実上の傀儡政権独裁制を樹立した。
しかし、選挙政局に関しては豪腕の最強政治家とまで言われた前幹事長は、政治家としてもっとも重要な政策に関しては、少しでも期待してしまった私も恥ずかしくなるほどに驚くべき無策を露呈し、結局自らは失脚し、国家も壊した。
これももちろん、許しがたい暴挙だったのだが、こんなことがまた府で行われるようなことは、絶対に阻止しなければならない。

このように、独裁に繋がる改革は、注意深くチェックしていかなければならないのだが、だからと言って、今のままでは、財政改革や公務員改革は遅々として進まない。
ならば、いったいどうすればいいのか。
これは、いずれ選挙制度について論じるときにも書こうと思っていたのだが、容易で、かつ何度でも可能な罷免制度を同時に導入することである程度の対応はできるのではないかと考えている。
何かあるたびに、市民や議員からの簡単な手続きで罷免のための選挙にかけられて、それに通れば堂々とその政策を続ければいい。
任期中にこれが何回でも出来るようにする。
その分、形式上の任期は延ばす、または、罷免されるまで数十年単位で続けられる、でも構わないかもしれない。
こうすることで、いくら金が余っているからと言って勝手に銀行を作って不正の温床にしたり、勝手にオリンピック開催地に立候補して、落選したのに自画自賛、といった、実行力はあるが政策には疑問符がつく某都知事のような暴走も止められるかもしれない。

もちろん、非常に一面的な見方ではあるが、批判ばかりして何も対案を出さないのもくだらないので、少し考えてみた。

市民に直接関係のないところで合理化を求めて改革をやるのはいいが、その結果は、住所の表記変更や、それによる表札や印刷物の変更など、実はかなり大きな負担が、市民にも企業にも圧し掛かることになる。
知事をはじめとする行政側は、それも経済の活性化に繋がると微笑むのだろうが、市民の皆さんには、もう少し真面目に、もう少し慎重に、考え直してもらいたいものである。

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秘湯入門

亡き母親の強い教えもあり、できれば一生ノンポリのふりをして生きていきたかったのだが、こう政治が酷くなっては、国民一人ひとりが声を上げていくしかないと思い、政治的発言もこれから増えていくことになるだろう。
まだまだ社会に対して言わなければならないことはたくさんある。

しかし、そんな話題ばかりでも仕方ないので、かなり前の話になるが、書きたくて書けなくて貯めていた話題を出して行こうと思う。

もう半年も前の話になるが、この1月に、四国へ行った。
四国へ行けば、当然本場の讃岐うどんを楽しむわけだが、今回は別の話、温泉だ。
ずいぶん昔に芸能人が、秘湯として勧めていたのを観て以来、最近ちょくちょくテレビで見かけるようになったので、この機会にどうしても訪れてみたかった。
祖谷温泉(いやおんせん)である。

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半径10km以内に人が誰も住んでいない四国の深い山の中、山の中腹の急斜面にたった一つ建っている温泉宿だ。
往来も少ないようで荒れた道をひた走ると、人里離れた山奥になぜかオーパーツのように佇む小便小僧が一体。

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深い谷の中へと一閃弧を放つ、という図式になっているが、水は止まっていた。

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ここまで来ると、その向こうに見えてくるのが、秘湯祖谷温泉の建物だ。

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斜面に立つとは言え、建物自体は普通の温泉旅館。
なぜ、ここが秘湯と呼ばれているか、その秘密は、露天風呂にある。
温泉を引いた内風呂は普通に旅館内にあるのだが、露天風呂は何と、先ほどの小便小僧でも覗き見た、100mはあろうかという谷底にあり、そこまでは、このためだけに敷設された専用のケーブルカーで行くことになっているのだ。

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入浴券を購入すると丁寧に説明してくれるのだが、露天風呂には、身体を洗ったりする施設はなく、脱衣所と湯舟だけ。
洗いたい場合は、先でも後でも、同じ券で内湯にも入れる。
そして、湯の温度は大変低く38度程度なので、充分温まって来て下さい、とのこと。

さて、勇んでケーブルカーに乗り込み、川底を目指す。

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風呂は、男湯と女湯、そして貸切の家族風呂があり、全て川へ向けて開放で、温泉はかけ流し、川へ注ぎ込む。

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ざっとかかり湯をして、湯舟に浸かる。

ぬるい。

充分注意は受けていたが、このぬるさは想像以上だ。
ほとんど体温と変わらない印象、真冬で、晴天とは言え、あたりの山には雪が残っているような日だったので、入っていても全く温まらない。
30分、40分とお浸かりください、という話だったが、そんなに入っていられない。
景色にも特に変化がなく、洗い場もなく狭いところなので、20分ほど我慢したところ上がることにした。
再びケーブルカーに乗り、人の世まで上がる。
このあと、内風呂に入りなおしたり、お茶でも飲んでも良かったのだが、先の予定もあったので、今回はここまでとした。

自動車で行けて、ケーブルカーもあり、露天風呂の小屋には坂や階段があるのでバリアフリーとは行かないものの、私程度の人間なら体力に苦労することなく行けるここがなぜ秘湯なのか。
それは、ケーブルカーに乗るという意外性、イベント性や、人里離れた、とか、そういうことではなく、やはり、温泉の浸かった感であろう。
テレビで秘湯巡り等を観ていると、苦労の果て温泉に辿り着いて、浸かるとき、芸能人の皆さんはみな一様に極楽の表情を浮かべるのだが、目は笑っていない。
身体も硬直気味である。
今までの苦労を一緒になって観ていたから共感できるのだが、浸かっている画自体は、狭かったり、寒そうだったり、ぬるそうだったり、全く幸せ感がないことが多い。
この温泉、まさにそんな感じなのだ。
夢にまで見た場所に、長距離車に乗ってついに来たという充実感はあるものの、湯に浸かることは至福というよりむしろ苦行に近い。
この感覚は、なかなか新鮮なものであった。
まさに、秘湯入門と呼ぶにふさわしいものだと言わざるを得ない。
正直、私はまだ頭の調子が悪く、のぼせないよう気をつける上に足元も危ういので、温泉を楽しむことはなるべく避けるようにしている。
そんな中、厳選して訪れた温泉としては、大変面白いものであった。
なお、今、夏の季節など極寒ではないときならば、普通に楽しめる温泉であろうことも間違いない。
ぜひとも、行って見て頂きたい。

なお、ここは、10数km走ると観光名所のかずら橋や琵琶の滝があり、有名な大歩危小歩危の、ひと山裏手、という位置になる。

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ちなみに、帰り道の間、ぬるいとはいえさすが温泉、寒い中、脚はいつまでもぽかぽかであった。

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参議院議員選挙

先日、参議院の議員選挙が行なわれた。
結果は皆さんご存知の通り、与党民主党の“惨敗”。
自民党が大躍進し、谷垣総裁らは漏れる笑みを隠そうとしない。

だが、これで、ほんとうによかったのだろうか。

私は、民主党は、昨年以前から政権交代に足る政党ではないと思っていた。
それは、政権交代を“目標”としていたからだ。
我々国民にとって求めるべきなのは、そしてもちろん政治家にとっても、目標は「よりよい政治」のはずで、政権交代はその手段あるいは過程のはずなのに、目的と手段を見誤った民主党は、まだ政権を任せられる器ではないと思っていた。
それが、昨年の8月、ばらまきマニフェストで国民を騙して、ついに政権を奪取した。
その後のルーピーぶりはまあひどかったが、普天間問題にせよ、ダム問題にせよ、世間では高評価の事業仕分けにせよ、一貫して民主党の行動を貫いているのは、「目的と手段を取り違える」ことだ。
手段が目的になってしまい、本来の大きな目的を忘れ去り、正しい方向を見失う。
国民としては失笑するしかなかったわけだが、この間に日本は大変なことになってしまった。
麻生内閣時にリーマンショックが起こり、まさに“みぞうゆう”の経済危機にも関わらず、国民も何を血迷ったのか目先の愚策にころっと騙されて政権を預けた民主党は、この1年、経済、雇用の危機的状況に対し、ついにほぼ無策であった。
そのおかげで、私も仕事もなく、家も担保割れして大変な目に遭っているわけだ。

そんな中、さすがに辞めざるを得なくなった鳥頭の跡を継いで、菅氏が内閣を組んだ。
まず、経済対策をやる、と宣言した割には結局またも無策で、選挙対策のみしか頭になかったようだ。
そして、いよいよ参議院議員選挙。
菅氏は、何を血迷ったのか、突然消費税増税の話を持ち出した。
しかも、具体的なことは何も言わず、単に増税という言葉だけを独り歩きさせた。
この厳しい経済状況の中で増税なんかされてはかなわない。
国民はみな、民主党にそっぽを向き、惨敗という結果になった。

私は、この結果を、菅氏の策略ではないかと疑っている。
本来、今回の選挙は、民主党政権の評価をすべきものだったのではないだろうか。
数々の愚政、クリーンと言いながら最もダーティな政治家連中、そういうものにNOを突きつけるための選挙だったはずだ。
しかし、結果は、国民のかなり多くが、菅氏の消費税発言を重視した。
これは、ここまでの評価、という意味合いとは全く異なっている。
しかも、菅氏は、あくまで議論を始めたいと言っているだけで、消費税をすぐ上げる、とは一言も言っていない。
つまり、私の不用意な発言で混乱させてしまいましたが、あと3年消費税増税はありません、それは以前から言っている通り規定路線のまま、変更もございません、で、何も変わらず済んでしまうことではないのか。

もっと穿った見方をすれば、今回の内閣で、幹事長を辞職した小沢氏のグループは冷遇されている。
小沢氏本人はともかく、側近連中には相当の不満が溜まっているに違いない。
このまま放っておけば、また氏お得意の「政界再編」、民主党から割って出て行ってしまうかもしれない。
ましてや、選挙で、小沢おろし内閣が一定の評価を受けるようなことがあれば、じゃあ俺達は要らないんだ、と、さらにその動きを加速させるかもしれない。
しかし、選挙に負ければ、ほら、やっぱり俺達の力も必要だろ、と、党内に残る可能性が高くなる。
菅氏は、ここまで考えていたのではないか。

今、敗北の責任を誰かが取れ、と、小沢グループを中心に声が上がっているが、菅氏にすれば、まさに想定内、この程度で済めば、うまく矛先を逸らせたとにんまりしているのかも。

党が割れれば、小沢氏本人との連携は拒否するにしても、こぼれて来る議員の受け皿として虎視眈々と狙っている国民新党をはじめみんなの党、たちあがれ日本、新党改革らを喜ばせることにもなる。
党の内紛程度で済めば、実は民主党にとっては敗北を埋める以上のメリットがあるのかもしれない。

かくして、民主党政権担当1年の評価は、うやむやにされてしまった。
実際のところ、この1年を良いと評価する人はほとんどいないと思う。
民主党支持の人たちはみな、「1年でいきなり改革できるはずはない、長い目で見よう」と言っているが、私はそんな人に問いたい。
今は、本当に、(民主党的な意味での)改革を、やるべき時なのか?
これほど国が痛んで、国民も疲弊しているときに、目先の事業仕分けなどに必死になり、国民新党亀井氏が政治生命を賭して成そうとしている郵政改革改革も、とんでもない内容なのだ。
必ずしも悪いとは言わないが、もっと時間をかけて国民の理解と議論が必要なもので、幸い法律は通らなかったものの、また民主党は次の国会で後押しするだろう。
そして今は、くだらないばら撒きで国債をがんがん発行すべきときなのか?
経済雇用対策最優先と緊縮財政が最重要ではないのか?
残念ながら、民主党には、1年以上前に策定したマニフェスト以上のことを臨機応変に考える力はないようだ。
国民が、もっと考えなければならないときにきていると思う。

タレント候補が軒並み落選したのも、その兆しの表れだろう。
自分の貴重な一票を、面白そうだから、などという意味のないことに費やす余裕は、国民の誰にも無くなって来ていることの表れだと思う。
ここ大阪では、あの岡部まり氏が民主党から立候補し、見事落選した。
もし、民主党候補が3人区で2人とも当選するようなことがあったら大阪の人間として恥ずかしいところで、1人は当選してしまったものの何とか面目を保てたと思っている。
まあ、岡部氏は、本人の力というよりも、推した小沢氏の失脚でかけたはしごを外されたのと、やはり民主党だったことが落選の原因だろう。
舛添氏の新党改革あたりから出ていれば、きっと当選していたに違いない。
また、非常に残念なことに、谷亮子氏は当選してしまった。
確かに、海外でも、スポーツ文化相などの政治的要職に世界的に有名な元スポーツ選手が就くことは多く、その点日本は未熟だと思うが、現役を続けながら議員も、というのはやはり納得がいかない。
別に、必ずしも引退する必要はないのだが、趣味程度ではなく国家代表レベルの競技を続ける、というのは、現世代の同階級の、日本の、世界の選手たちは舐められたものである。
是非、こてんぱんに叩きのめして、代表の座すら与えないで欲しい。
私は、応援する。
協会も、引退勧告をしているようだが、そんなことしなくても、谷氏から強化選手指定を外して、他の選手を強くすれば済むことだ。
大会に参加する自由を奪う引退勧告は、やはり民主主義的ではないので、民主主義の体現である国会議員先生には、正々堂々と勝負の場に出てきて頂いて、衆目の中できっちりと引導を渡してもらえればよいことなのだ。

この選挙で、日本は少しいい方向へ向かうかと期待していたが、まだそれは少し先のことになりそうだ。
総裁の座を賭して選挙に臨み、勝って浮かれている谷垣氏の無邪気な笑顔がそれを物語っている。
自民党が本当にやらなければならないことは何なのか、
良い野党になることではなく、再度の政権交代に足る第二党になることのはずなのに、民主党の批判票が流れてきただけのことであそこまで喜べるようでは日本の将来は暗い。
まともな舵取りを失った日本は、どこへ漂流していってしまうのか。

ま、私は、そんなことを心配している暇があったら、借金がチャラになるハイパーインフレを夢見ていたいのだが。

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